あちこちで梅の花が薫っています。厳しい寒さも次第に和らいでまいりました。
目次
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- 寄稿文「少ないものに集中し、多くの可能性を引き出す
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- ——『レス・イズ・モア』実用の極美(きわみ)東京都公文書館」
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- – 鳴海雅人(株式会社 佐藤総合計画)
白馬村プロジェクトの進捗ご報告
– 花井裕一郎
活動報告
特別対談企画「地域連携と図書館 ——図書館の新たな役割」開催
機関誌『Cul De La』編集中です
メールマガジンのweb公開を始めました
編集部より
奥付
寄稿文
「少ないものに集中し、多くの可能性を引き出す ——『レス・イズ・モア』実用の極美(きわみ)東京都公文書館」
鳴海雅人(佐藤総合計画)
絵画・彫刻・書道といった美術にかかわるものが私たちの暮らしの中にないからといって
私たちが生きていけないわけではない。
その類いのものを知らなくても豊かな生き方をしている人たちは大勢いる。
ただその人たちも、美術という近代になって系統づけられたものを鑑賞していないだけで、
よくよく見ると、その人々の周囲には「美の基礎」といったものがしっかりと存在している。
美術鑑賞に特別な勉強はいらない。
子供も目がすべての対象物を見つめるのと同じように、素直な目で鑑賞すればそれでよい。
美しいものはそれ自体が私たちに語りかけてくれる。そうして私たちの身体のなかには、
美しいものを発見し、理解できる能力が生まれながらに備わっているのだ。
「ほんもの」を見ることだ。それが美しいものへの感受をより深いものにしてくれる。
「ほんもの」の中でも、今まで「芸術性」を前提としていない公文書というものに、
わたしは、東京都公文書館の設計をきっかけに意識するようになった。
世界の行く末を、日本の行く末を決定した締結文書を美しいと感じる。
勅語、実用文書は、芸術性を前提としていないものだけに、
ある見方をすると「究極の美しさ」をかもし出す。
これは建築美に似ている。
単純化したもののなかに美を見出そうとする日本文化の粋のようなものだ。
東京都公文書館のテーマは「森のなかのアーカイブの森」、
建築の構成として、200万点を超える保存部門が2階3階の2層の大半を占め、
利用部門(公開機能と事務管理機能)は1階のガラス張りの透明な部分であり、
まずは建築自体が博物館のようなソリッドな美しい造形を描く。
国分寺市の都立武蔵国分寺公園の西側、東山道沿いに公文書館は計画される。
隣接する都立多摩図書館は完成したが、2館が並んで、より相乗効果を発揮する。
公文書は美しい。建築とアートの優しい関係と同じように、
なんと言っても実用の極みの「公文書」が、そこはかとなく「美」的とも言える
アートの領域までを包んでいると思えてならないからである。
それは「レス・イズ・モア」、つまり、空間の装飾的な要素を取り払っていけば、
あらたな価値が見えてくる世界に等しい。
ミース・ファン・デル・ローエ(独:1866~1969)は近代建築の巨匠であるが、
「レス・イズ・モア(少ないことはより豊かなこと)」と名言を残している。
「豊かさ」とは何だろうか。それは経済的な裏づけだろうか。
人間はすべての物を手に入れても、欲というものにはきりがない。
それを追えば追うほど、「ある」ものではなく「ない」ものに心が執着していくものだ。
しかし、ゼロでは生きていくことは出来ないし、
「より少ないことは、やはり、より少ないことだ」になってしまう。
本質は違うところにある。
「レス・イズ・モア」の意味するところは、
出来るだけ少ないものに集中すれば、それをより活かすことができる。100以上の可能性を引き出せる。
つまり、自分にとって最も大事なものにフォーカスしようとする姿勢である。
公文書はこの精神を暗示している。
多くの国民にとって全くの関心外であったであろう法律が2009年6月24日に成立した。
「公文書の管理等に関する法律」である。
民主主義国家には、当たり前の法律なのであるが、それを今、日本はようやく手にしたのだ。
公務員の意識は変わり、日本の社会、文化、芸術にも少なからず影響を与えるだろう。
公文書あるいはもう少し広く言えば、「アーカイブズ(記録資料)」が、
より良い社会をつくるうえで重要な存在であるかがわかってきた。
一つ目の例は、「除籍簿」という記録が役所には存在する。
結婚や死亡などによって一つの「家」に属していた人の名は徐々に抹消されていく。
そしてついに、家に誰もいなくなったとき、戸籍は抹消されて除籍簿に移される。
一つの「家」があり、そこに固有の名前の人が属していたことを記した名簿である。
ところがこの除籍簿でさえ、150年が経過すると廃棄される。
よほどの著名人でない限り、この世に存在したことの記憶さえ消えてしまうのである。
良く知られているとおり、戸籍制度はほぼ日本独自の制度である。(※)
善くも悪くも、古くは奈良時代から日本の伝統・文化のひとつとして機能してきた。
しかし廃棄されてしまえば、一人の人間がこの世に存在したことを公に証明するものは何もないことになる。
そこから垣間見えるのは、日本という国が、一人ひとりの国民をどのように見てきたかというスタンスである。
貴重な歴史資料である除籍簿は、住民の存在証明(アイデンティティー)にとって
不可欠な記録資料であることから、これを、公文書館に移管して保存管理し、
研究に役立てることがのぞましいと思う。
多くの地方自治では、除籍簿の廃棄が行われているが、保存期間を150年ではなく永久保存してほしい。
もう一つの例は、大きな事件や災害を犠牲者の多寡で測ってしまうようなところがある。
だが、数で示したその裏に、一人ひとりが歩んできたそれぞれの人生がある。
1万人には1万人の、5千人には5千人の個性、生き方、人生がある。
一人ひとりの名を刻むということは、それを確認するための作業である。
市民証明書、戸籍、免許、契約書、図面、地図、発掘資料、
美術・建築・都市・服飾、産官学の共同研究の資料ばかりでなく、
あらゆる公文書のすべてが人間が人間として存在したことの証、
それが記録資料「アーカイブズ」の意味するところである。
極論すれば「進化する人と進化しない人の違いは記録を残すか残さないか」とも言えるが、
「後世を意識するかしないか」の違いと言い換えることができるだろう。
私たちは、より一層後世を意識した生き方を実践していく覚悟が必要である。
このように世界の記録管理やアーカイブズの分野では、
記録やアーカイブズが本来的に持っている効果を改めて強く意識する傾向にある。
残念ながら、日本の記録システム(アーカイブズ制度と言える)は、
ひとの生きた軌跡を充分に活かすほどに整ってはいない。
逆に、個人情報の流出が相次ぐと「記録の破棄こそが重要だという一面的な議論」が先行しかねない。
しかし、情報流出などの問題も、実は根は一緒であり、
記録・管理やアーカイブズのシステムが貧弱なことが原因のひとつだ。
私たちは今、「記録と記憶の効果」について考え直すときがきている。
詩人 トーマス・スターンズ・エリオット(英:1888~1965)の言葉だ。
現在の時と過去の時とは
ともにおそらく未来の時の中にあり
未来の時も過去の時の中に含まれていよう。
かくあったかもしれぬということはひとつの抽象で
絶えざる可能性としてとどまるものなのだ。
過去の時と未来の時とは
僅かな意識しか許容しない
未来の時も過去の時の中に含まれていよう
意識するということは時の中にいることでなない。
しかし、瞬間が
記憶に残されうるのだ。・・・過去と未来に巻き込まれてだ。
ただ時を越えてのみ時は克服される
「未来の時は過去の中にある」とアーカイブズは言っている。
※ 現在戸籍制度を使用しているのは、中華人民共和国、中華民国(台湾)、日本のみ。
このうち、中華人民共和国の戸籍制度は、事実上形骸化している。
参考リンク
東京都公文書館 – Tokyo Metropolitan Archives
佐藤総合計画|建築・環境をデザインする設計事務所 | 佐藤総合計画
白馬村プロジェクトの進捗ご報告
1月17日、2月13日に、それぞれ有識者会議が開催されました。
詳しい議事録は、こちらのURLをご覧ください。
http://www.vill.hakuba.lg.jp/somu/information/library_complex/intellectual.html
現在、年度内の基本構想策定の内容の調整を進めています。
図書館や交流の場としての基本的な機能はもちろんのこと、
白馬村の背景にある、大自然に根ざした観光資源や外国人移住者を含む多様性や、
これから解決を目指す課題など、さまざまな独特の条件を織り込んだ、オンリーワンの基本構想を目指しています。
花井裕一郎(一般社団法人日本カルチャーデザイン研究所 理事長)
活動報告
特別対談企画「地域連携と図書館 ——図書館の新たな役割」開催
機関誌『Cul De La』第2号、注目の企画です。
2019年2月9日、法人会員のキハラ株式会社にご協力いただき、
特別対談企画「地域連携と図書館——図書館の新たな役割」を行いました。
ゲストとして、伊東直登氏、岡本真氏のお二人をお迎えしました。
伊東氏は、塩尻市の「えんぱーく」運営に館長として携わってこられました。
在任中に「Library of the Year 2015」の優秀賞を受賞しておられます。
現在は、松本大学図書館長をしておられます。
岡本氏は、 ヤフー株式会社でのご経験を生かして、
数々の図書館設立・運営のアドバイザーをしておられます。
アカデミック・リソース・ガイド株式会社の代表でいらっしゃいます。
図書館に、中と外から深く深く携わってこられたお二人の対談でした。
地域に図書館がどう貢献できるかというのは、
ひとたび足を踏み入れれば、一筋縄ではいかないテーマです。
この難しい取り組みが、お二方の経験、視点で語られることで立体的に照らされました。
同時に、20年、30年先に初めて結果の出ると言ってもよい図書館整備の
難しさとやりがいにも、思いを新たにしました。
機関誌『Cul De La』編集中です
弊社団の機関誌『Cul De La(カルデラ)』の第2号を編集中です。
今回のコンテンツ
—「オガール紫波」の「紫波町図書館」と福岡県須賀川市の「須賀川市民交流センター(tette)」の建築特集
—紫波町図書館の司書、手塚美希さんと
熊本森都心プラザ図書館の館長、河瀬裕子さんの対談記事
「地域でいきる、ライブラリアンシップ」、
—筑波大学名誉教授の植松貞夫さんにきいた、「図書館建築の評価ポイント」
—特別対談企画「地域連携と図書館——図書館の新たな役割」 など
(記事タイトルはいずれも仮題です)
図書館の設計、運営、地域との関わり方は何を目指すべきなのか、
図書館をつくり、いかそうとする読者の方々の心に火をつける内容になることを確信しています。
原稿は出揃い、今、鋭意編集作業を進めています。
どうぞお楽しみに。
機関誌『Cul De La』の発行は4月を予定しており、会員の皆様には無償でお送りいたします。
会員以外の方、追加・新規のご購入は、弊社団までお問い合わせください。
メールマガジンのweb公開を始めました
昨年5月より配信しております、当メールマガジンの、web上での公開を始めました。
こちらのURLからご覧いただけます。
http://jcdlab.com/mailmagazines/
文化施設、地域創生に関わる方々にひらめきを与える電子ジャーナルとして、
今後、内容の充実を図ってまいります。
また、メールマガジンに寄稿されたい方、寄稿文に感想をお持ちの方のご連絡も歓迎いたします。
社団編集部まで、どうぞお問い合わせください。
活動報告
2019年2月12日
特別対談企画「地域連携と図書館——図書館の新たな役割」を開催しました
2019年2月9日
坂田理事の『ムチョラジ!』が大阪府立中央図書館の朗読蔵書になりました!
2019年1月9日
メールマガジン『Cul De La 通信』のWeb公開を始めました
その他の活動報告はこちらをご覧ください → http://jcdlab.com/news/
編集部より
年末に第8号のメールマガジンをお届けしてから、2ヶ月の間があきました。
皆様、お元気で新年を迎えられましたでしょうか。
今回は、鳴海雅人様の寄稿文をお届けしました。
公文書の、先人たちの数え切れない「生」の痕跡としての一面に、
イマジネーションを刺激されます。
表層的な色や形だけではなく、人のつながり、時代のつながりへ想像をふくらませ、
さらには、その豊かな広がりの最先端に私たちの生活があると考えると、
あらゆるもの・ことは、本質的に美が宿っているようにも感じられます。
鳴海様は、機関誌『Cul De La』第2号にも、エッセイをお寄せいただいております。
こちらもまた、風の香、海の音を感じるエッセイです。
編集部も作業のピークに差し掛かっています。
1月急ぐ、2月は逃げる、3月は去る、とも言いますが、
生活の中に潜む美しさをちょっと意識する余裕を、持っていたいものです。
編集部 髙城 光
奥付
Cul De La 通信
2019年2月25日発行 通巻第9号
発行 一般社団法人日本カルチャーデザイン研究所