Cul De La 通信 第13号

山の日を記念した特別号です。


目次 

寄稿文「山岳人(やまびと)からのエッセイ」
– 田中榮博(一般社団法人 日本カルチャーデザイン研究所 理事)

活動報告

編集部より

奥付


寄稿文

「山岳人(やまびと)からのエッセイ」

  – 田中榮博(一般社団法人 日本カルチャーデザイン研究所 理事)

山に登る人の朝は、午前3時半の起床とともに始まる。
登山計画が始まった時から私の担当は、NHKラジオ第二放送、気象庁予報部が発表する気象通報を受信しながら天気図を作り気圧配置を予測することだった。
この作業は、翌日の登山行程を立てるためには、重要なことであり
最新の気圧配置から、気象の変化を読み取り、登山計画の見直しが必要かどうかを決める基礎データとなるものでもあった。
学生の頃は山をやっていた。
当時私は、北アルプスを縦走するため年に一度、数名の友人とパーティーを組んで、毎年北アルプスを目指していた。
大阪から準急行「ちくま」で、「信濃四ツ谷」から名称が「白馬」に変わった直後の駅に、
初めて降り立ったのはアルプス縦走計画の仕上げという工程であった。
その時の登山行程は、白馬の大雪渓、不帰(かえらず)のキレットが標的であり、
経験済だった北穂高の大キレットとは様相は異なるが、日本三大キレットに数えられている不帰キレット。
これらに臨むため白馬に入ったのだった。

さて、キレットとは何なのか。
言葉の響きからいうと海外の言葉と間違われることが多いが、れっきとした日本語なのだ。
山の稜線が鋭く切れ落ちている場所。切戸と表現することもあり、滑落など事故も多く、難所中の難所でもある。
私たちにとって最後の登山、そして初めての白馬ルートは、白馬岳-唐松岳-鹿島槍を走破し、大町までというコースだった。

天国にいるような八方尾根の高山植物群、万年雪が残る白馬大雪渓、
そして地獄ともいえる不帰キレット走破だった。
私たちにとって、この縦走計画は、南アルプスを登山中、土石流に遭遇し、消息を断った一人の仲間へ捧げるものでもあった。

本格的な山から離れた後白馬には、スキーやスノーボードでお世話になることになる。
転勤族になった私は、シーズンになると転勤先から日帰りで、御岳や栂池、白馬に毎週のように訪れた。
足底で感じる雪質が私にとって、ジグソーパズルの最後のピースが決まった時のように、一番ピッタリする場所だったのである。
表現を変えれば、私にとって、今でも聖地と表現できるのが、信濃の國白馬であった。
この自然がいっぱいの村で、多くの事を学んだ。
登山行程の中で、仲間との「絆」、一人ひとりに割り振られた責任遂行が仲間の「信頼」になり、「人が育っていく」こと、
そして後々のトラブルにつながらない様に、先の事を「予測」することを、
山という普段は仏のように穏やかであるが、天候の変化次第で、鬼のように凶暴になる自然という怪物に、たっぷり教えて貰ったのだった。

やがてそれが、その後の私の仕事のやり方につながっていく。
文科省関連施設、国立大学、公立図書館、振り返ると勤務した街は十数か所に及ぶが、すべての所で出会った人たちに対し、実践してきたこと。
それは、「人材の育成」と「先を読む」ことであった。
社会の動きを感じ取り、一歩先の行動をすること。
そのためには、いつまでに、どの様な人を育て上げておく必要があるのかを、見こしたうえで体制をつくること。
そして仕上げには、構想を叶えるための戦略を、全員参加で計画すること。
加えて、個々へのミッションを具体的に伝える力が重要な要素であることと思い行動してきた。
「個人力ではなく組織力で臨むこと」、機会があるたび私が今でも伝え続けていることでもある。

山から下りて、充分すぎる時が経過した。今、積極的に行っていることがある。
それは、私がこれまでに出会った人たちと時間を作り、彼らの今を見る目的で、各地を訪ねている。
それが私の日課となって久しくなった。
現役を続けている人、現場から退いた人と様々であるが、先日、数名の人たちから、私の指示はよく理解できたという言葉を聴けたときは、感激で頭が下がる思いであった。

2018年から私たちの法人は、白馬という場所に建設予定の新しい複合施設に関わっている。
改めて大糸線白馬に降り立ち、駅舎から白馬連山を眺めたとき、私はこの場所に立っているのが不思議な感覚であったことは言うまでもない。


活動報告

日本カルチャーデザイン研究所は、今年も『図書館総合展』にフォーラム主催者として参加します。
まだwebサイトの表示は「未定」ですが、水面下では準備が着々とすすんでいます。

その他の活動報告は、こちらをご覧ください
 → http://jcdlab.com/news/


編集部より

毎日猛暑が続いています。
今日は山の日。弊所の田中より、山にまつわるエッセイをお届けしました。
20代を過ぎ、暑さが本当に体に堪えるようになってから
同じ暑さにも、強烈な日差しの爽やかな暑さと
息が詰まるような都会の蒸し暑さがあると気づきました。

自然の中で感じる暑さは、いつまでも快い記憶として残るものです。
体で感じる感覚もまた広い意味での「知」であり、分け合い、語り継ぐ財産です。
私も、今はまだ小さい子供たちを連れて山を歩く日が楽しみです。

山のベストシーズンです。
みなさまもケガや遭難には気をつけて、山を訪れてはいかがですか。

編集部 髙城 光


奥付

Cul De La 通信
2019年8月11日(山の日) 発行 通巻第13号

発行 一般社団法人日本カルチャーデザイン研究所